人との接する時のヨーガ的エッセンス
先日インドカイヴァリアダーマのGaneshaRao先生の講義に参加させて頂きました。最近オンライン講座を聴講しているのですが、Rao先生のパタンジャリヨーガスートラの解説は非常に面白く、一人で聴講している時にも興奮すら感じます。
日本での生講義。夜勤明けにも関わらず、目は爛々。最高のひと時を過ごさせていただきました。
そんな講義から一部をシェアさせていただきたいと思います。
心が安定している状態でいる為に行うべきことを論じている部分のお話です。
ヨーガ哲学であるながらも、仏教で言う「慈悲喜捨」について説いています。
幸せな人、不幸な人、徳のある人、不徳な人
そしてこの4つのタイプの人に対して、自分はどのように接していくべきか・・
幸せな人:友愛を持って、親しくする。
不幸な人:同情をもつ。
徳のある人:喜びの気持ちで接する。喜びを分かち合う。
不徳な人:中庸を保つ。批判せず、干渉せず、適度な距離を保つ。平等心を持って接する。
これら4つの視点で人を分類した場合、どのようにそれぞれのタイプの人に接しているでしょうか?
授業では、私たちが行いがちな間違いの例も紹介されていました。
幸せな人には、つい執着してしまう。または敬遠しがちになる。
不幸な人には、同情しつつ自分も感情的に巻き込まれてしまう。または同情することで優越感を感じる。
徳のある人を、自分と比較することで嫉妬したり、惨めさを感じる。
不徳な人(困った人、どうしようもない人)に対しては、無関心になったり、なにか口を挟みたくなる。
これらは自然な心の働きではありますが、これらが要因となりストレスが引き起こされます。心の安定した状態とはほど遠い状態です。
「中庸を保つ」というのはこの4分類の中でも一番難しいものであるとの説明でしたが、そのコントロールは私自身の今1番の課題でもあります。
人に対してつい干渉したり批判的になる一方で、そのような自分自身の心の反応が、自身にストレスを降り掛かけていることも感じます。私のストレスを増幅させているのは、実はその後輩ではなく、その後輩と接する自分自身の態度や姿勢であるということも感じるので自分自身との戦いでもあります。
とは言え、梅干しを見て唾液が出るのをコントロールするのが困難であるように、状況を把握してからも、自分に染み着いた慣習を変容させるのは簡単なことではありません。繰り返しの練習に取り組んでいかなくてはなりません。
そしてその関係性を自らが少し変えることで、心が穏やかさを感じられること。実感できれば嬉しいです。またそれが実感できれば、きっと周りにいる人にも良い影響がもたらされるのではないでしょうか。
ヨーガってやっぱり素敵ですね。自分も周りも素敵なものでいーっぱいにしていきたいものです。
日々精進。取り組んでいきましょう。
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